doctor monologue

chorion.JPG

初期胚(分割胚)あるいは胚盤胞を移植した後は、ドキドキしながら妊娠の判定日をお待ちになられると思います。移植した細胞が元気に増殖して絨毛という細胞が作られ、子宮内膜細胞とコネクションを持った時点で着床成立、つまり妊娠のスタートとなります。絨毛細胞は、チューリップの球根が土中に根をはって水分や養分を取り入れるように、子宮内膜から栄養分を吸収すると同時に新陳代謝による老廃物とホルモンを排出します。物質交換する場所が作られるわけで、将来の胎盤の一部になります。この絨毛から生産されるホルモンをHCG(ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン)といい、早期の妊娠判定に利用しています。
HCGは尿中にも検出されますが、血液の方が正確で定量できて、絨毛の元気さに比例して増加していくため妊娠の予後の診断にも役立つので、体外受精をしている施設では血液検査をすることが多いと思います。
上の写真は、胎嚢の周囲に付着している絨毛です。



2012hokuriku.JPG

2012年度の北陸生殖医学会が、6月3日の日曜日午後に、金沢駅西保健所健康ホールで開催されました。金沢たまごクリニックは、「当院における胚盤胞の評価と年齢別臨床成績の検討」という演題で発表しました。



                当院における胚盤胞の評価と年齢別臨床成績の検討

     新 博美、橋爪淳子、前多亜紀子、丹羽幸子、中橋美貴子、北元香菜子
     藤井玲名、田中真理、道倉康仁 
                  (金沢たまごクリニック)

【目的】内細胞塊(ICM)のグレードより栄養外胚葉(TE)のグレードが妊娠率や妊娠継続率に影響があるとの報告がある。そこで、当院での臨床成績について年齢別に検討した。
【方法】2009年1月~2011年12月に当院でホルモン補充周期にて単一胚盤胞移植を行った238周期(35.6歳±3.8歳)を対象とした。胚移植時のICMおよびTEをGardner分類し、胚盤胞発生日別での臨床的妊娠率と流産率を35歳以下と36歳以上で比較検討した。
【結果】day5発生胚での35歳以下の妊娠率はAA72.2%(13/18)、BA72.7%(8/11)、AB40.0%(6/15)、BB51.7%(15/29)、36歳以上は66.7%(10/15)、44.4%(4/9)、46.2%(6/13)、59.4%(19/32)、day6発生胚での35歳以下の妊娠率は0%(0/4)、60.0%(3/5)、37.5%(3/8)、60.0%(12/20)、36歳以上は25.0%(1/4)、50.0%(3/6)、37.5%(3/8)、41.5%(17/41)とTEの良好な胚盤胞移植で高い妊娠率がみられた。day5発生胚での35歳以下の流産率は15.4%(2/13)、12.5%(1/8)、0%(0/6)、20.0%(3/15)、36歳以上は20.0%(2/10)、0%(0/4)、0%(0/6)、63.2%(12/19)、day6発生胚での35歳以下の流産率は-%(0/0)、0%(0/3)、66.7%(2/3)、58.3%(7/12)、36歳以上は0%(0/1)、0%(0/3)、66.7%(2/3)、52.9%(9/17)とTEの不良なday6発生胚で流産率が高かった。
【結論】ICMがGardner分類のB以上の胚盤胞では、年齢に関係なくICMのグレードよりTEのグレードが妊娠に影響を与え、その後の継続にも影響していると考えられた。


 

2011juchaku.JPG

9月9日(金)・10日(土)に、東京新宿の京王プラザホテルで、第29回日本受精着床学会学術講演会が催されました。私達の施設からは、
1. 媒精25時間後の前核観察結果と胚盤胞発生に関する検討
2. 停電時における培養環境の変化と胚の発生
3. 媒精用培養液中のグルコース濃度と受精についての考察
4. 長期保存胚のART成績
を発表しました。
48hokuriku.JPG

昨日6月5日に、金沢ニューグランドホテルで、第48回北陸生殖医学会学術総会が催され、私たちの施設は、「媒精25時間後の前核観察結果と胚盤胞発生に関する検討」、「1PN胚の有用性について」、「cIVFにおける運動精子回収率と受精率の関係」の演題で発表しました。イブニングセミナーでは、聖マリアンナ医科大学産科婦人科学の石塚文平教授が、「早発卵巣不全の臨床的、卵巣生理学的重要性について」という講演をされました。石塚教授は、早発卵巣不全(POF)の症例を数多く診療されておられ、学会終了後の情報交換会でもPOFの治療の難しさをいろいろ聞かせていただき、貴重な時間を過ごせました。

blastocystphoto.png

peaman1.JPG
peaman2.JPG
ピーマンを包丁で大きくふたつに切ってその断面を眺めていると、もちろん大きさは全然違いますが、胚盤胞を連想してしまいます。胚盤胞は、外側に将来胎盤の一部をつくる栄養膜細胞、内側に胎児になる内細胞塊を形成して、空洞ができます。精子と卵子からつくられた一個の細胞が分裂を繰り返して数を増やし、細胞の役割分担(分化)が始まったわけです。
統計上、胚盤胞で移植した方が着床率は高いといわれていますが、培養の過程で弱い胚がある程度淘汰されていることを考えれば、初期胚(分割胚)で移植しても採卵あたりの妊娠率は本当は変わらないのかもしれません。初期胚でもすんなり妊娠される方も多いですし、何度も培養してようやく達成した胚盤胞で妊娠された方もいらっしゃいます。「胚卵管回帰説」は本当なのか?「implantation window」はあるのか? 私はここ十年ほどずっと悩みながら胚移植をしています。
 
2010.jpg

2035.jpg

上図が2010年の日本の人口ピラミッドで、下図は四半世紀後2035年の予測です。その頃私はもう存在していないでしょうが、近い将来、日本は若者だけでお年寄りを支えることが不可能になることが一目瞭然です。少子化は深刻な問題です。赤ちゃんを望むご夫婦の夢が叶うことが日本を救うことにもつながると思います。


CHANGES OF ENDOMETRIUM.jpg

凍結保存胚がある場合、採卵しないで解凍胚を移植することができます。移植するタイミングは、自然周期であれば排卵日から計算しますが、自然では排卵がスムーズに進みにくい人や子宮内膜があまり厚くならないタイブの人は、卵胞ホルモンと黄体ホルモンを投与して子宮内膜をコントロールするHR周期がおすすめです。上の超音波画像は、HR周期で育っていく子宮内膜の変化を示しています。月経で新陳代謝をおこして剥がれ薄くなった子宮内膜は、卵胞ホルモンの作用で再び増殖して厚くなり、黄体ホルモンにより分泌期という着床に適した状態へ変換します。HR周期はホルモン剤を使い続ける不便さはありますが、胚移植の日程を管理しやすいことと、内膜を厚くできることがメリットで、免疫的に着床に役立つ可能性もあります。HR周期は卵巣が休止して排卵せず、基礎体温の高温相がなくても妊娠する不思議な周期です。

folliclegrowth.jpg

shinemascat.JPG

体外受精をする際、成熟卵子を採取することが大前提となります。そのため、外来診療で卵胞発育を血中のホルモン値や超音波検査で監視していきます。卵胞(卵子が入っている袋)が成熟するとその直径は約20mm、血中エストラジオールは卵胞1個あたり200から300pg/mlに達します。「卵胞の大きさを葡萄でいうと、50%ほど育った卵胞はデラウェアくらいで、成熟卵胞は巨峰かマスカットくらいになります。」と、私は外来でよく例え話をします。
最近、シャインマスカットという新しい品種が注目されているようです。糖度が20度以上で皮ごと食べれて、種もありません。葡萄は種がない方が食べやすくていいのですが、本当の卵胞の中には良好卵子が入っていないと困ります。ホルモン値が正常でも、時々卵子が消失してしまった「empty follicle」が発育して採卵時に卵子が回収できないこともあります。


47thhokuriku.jpg

6月6日の日曜日に、金沢ニューグランドホテルで、本年度の日本生殖医学会北陸支部学術総会が開催されました。金沢たまごクリニックと永遠幸レディスクリニックから、「Day6胚盤胞移植の意義について」「内径4μmのピペットを用いたICSI」「卵巣予備能予知としてのAMH値の検討」「AMH値のARTにおける有用性の検討」と、あわせて4題の研究発表をしました。イブニングセミナーでは、新橋夢クリニックから寺元章吉先生をお呼びして、「卵巣刺激の理論的考察」という講演をしていただき、私が座長を勤めさせていただきましたが、あらためてクロミフェンのすばらしさや調整の難しさなど、いろいろ勉強できました。ただ、この学会の準備に忙しくて、前日も百万石祭りをじっくり観る時間がありませんでした。宍戸開さんの利家公もテレビのニュースでしか見れなくて残念でした。

shishidomaeda.png


clomipheneHMG.jpg

体外受精のスケジュールで、採卵をするためには、卵巣の中の小さな卵胞(卵子の入っている袋)を育てることが必要です。月経周期と排卵が順調な女性に、本来、排卵誘発する必要はありませんが、体外受精では、いろいろな目的で、ある程度の排卵誘発や、卵胞発育のコントロールをしています。例えば、上図のような、clomiphene/HMG(FSH) 周期が、現在最もよく普及している方法です。完全自然周期と、HMG(FSH)注射による刺激周期の折衷案のような方法です。月経の3日目に、超音波検査と血中ホルモン値測定をしてからclomiphene 製剤内服を開始し、8-9日目より卵胞発育をモニタリングします。発育卵胞の状態をみながら、適宜、HMGもしくはFSHの注射を少し使って、成熟卵胞に達した時点で、下垂体からのLHサージを起こすために、GnRHaのスプレーを点鼻します。LHサージが起きると、卵胞内の卵子は、成熟の最終段階に入り、卵胞液が貯留して巨峰くらいの大きさになった卵胞内に遊離します。精子と出会うための最後の準備をするわけですね。
まれに、スプレーの効きが悪くLHサージがしっかり起きていなくて卵胞内壁に卵子が固着している時や、もともと卵胞内の卵子が変性融解してしまっている場合は、どれだけ卵胞内を吸引しても卵子がとれなくてがっかりすることもあります。
また、脳下垂体の機能が低下している方は、自然排卵は難しく、clomiphene内服や GnRHaスプレーも無効なので、HMG(FSH)/HCG などの注射を使用する刺激周期が選択されます。

slowtraining.jpg

体外受精を何回挑戦しても、なかなか妊娠できない場合、たいていの人はメンタルに落ち込んでしまいます。特に、良好卵子を回収することが困難になってくる30歳台後半から、ますます苦しい戦いになります。最近は antiaging を謳ういろいろなサプリメントが発売されていますが、私も、antiaging が妊娠に大切だと思っています。ただ、漠然とサプリメントに頼る前に、本当は、基礎代謝量を減らさない、つまり、筋肉の量を減らさないことがとても重要だと考えています。そして、筋肉を減らさないために、きびしい筋トレではなく、「スロートレーニング」をお勧めしています。昔、東大で、私は少しだけボディビル部に在籍していましたが、一学年先輩にすごい筋肉マンの石井直方さんがおられました。彼は筋肉の研究一筋で、現在東大の教授になられてたくさんの書籍を出版されています。私は彼の「スロートレーニング」に大賛成です。どれか一冊一読してみて下さい。体外受精は現在最も強力な不妊治療法かもしれませんが、決してPerfectではありません。不妊治療をがんばる際、速やかに妊娠できれば 最高ですが、もしうまく妊娠にたどりつけなくても、身体と精神はよりよい状態に鍛えられていくようなクリニックでありたいと思っています。

menstruation.jpg

体外受精に必要不可欠なものは卵子と精子です。成熟した卵胞から卵子が飛び出すのが排卵ですが、体外受精は、卵子が飛び出す直前に卵胞内容を吸引して卵子を採取します。ですから、女性の月経周期の中で、卵胞の発育をいつも監視しています。月経の出血はいわば子宮内膜の新陳代謝です。その子宮内膜を動かしているのが、卵巣で作られる卵胞ホルモンと黄体ホルモンです。さらに卵巣は、脳下垂体のホルモンで制御され、脳下垂体は視床下部のホルモンで制御されています。まるで、会社の社長-部長-課長-係長という命令系統みたいですね。誰かがさぼると、排卵はうまく進まなくなり、月経周期も乱れます。

zuclomiphene.jpg

体外受精を前提に排卵誘発をする場合、現在頻用されているのは、内服のクエン酸クロミフェンです。製薬会社によって、クロミッド、セロフェンなど商品名はいろいろありますが、1錠に含まれているクエン酸クロミフェンはどれも同じで 50mgです。でも不思議なことに、人によってA社のクロミフェンはのみにくいけどB社のクロミフェンはOKということがあります。実は、クロミフェンには zuclomiphene と enclomiphene が混在しており、各社で若干比率が異なるそうです。投与された薬剤は徐々に排泄され体内濃度が減じていきますが、クロミフェンとして活躍するのは半減期の長い zuclomiphene です。私は、小粒で呑みやすく、zuclomiphene の比率が少し高いセロフェンを第一選択で処方しています。

cryopreserve.jpg

大切な凍結胚や凍結精子を保管するタンクです。絶えず液体窒素を充填して厳重に維持管理しています。治療スケジュールの多様化により、凍結胚を解凍して移植することも普通になりました。患者さんのニーズにより金沢-小松間で凍結胚や凍結精子を輸送することもありますが、現在、私は金沢たまごクリニックと小松にある永遠幸レディスクリニックを行ったり来たりしているので、今日は私が自分の車で運びました。液体窒素を入れた小さい魔法瓶で輸送するのですが、事故のないよう慎重に運転していると、映画「トランスポーター」のジェイスン・ステイサムになったような気分でした。

transportcryo.jpg


4cell1.jpg
blastocyst1.jpg
卵子は、精子と受精した後、細胞分裂を始めます。卵子と精子のお見合いから2日目には4細胞くらいの初期胚(写真上)になり、5、6日目には70-100まで細胞が増えた胚盤胞(写真下)に発育します。体外受精で胚移植(ET)する場合、初期胚と胚盤胞のどちらで移植した方が妊娠率が高いですか?という質問がよくあります。とてもいい質問ですが、実はとても難しい質問でもあります。リスクの少ないお産を目指し多胎妊娠を避けるため、ひとつの胚だけ移植することが主流となっている今の生殖医療では、統計上、着床率の高い胚盤胞をひとつ移植することが、教科書的な答えです。ただ、初期胚から胚盤胞への培養技術が進んだ現在でも、胚盤胞にまで育たず、移植をキャンセルする場合も時々あります。移植できない時の精神的ストレスも看過できません。他県の施設で5、6回胚盤胞移植をしても妊娠できず、私の施設での初期胚移植1回目で妊娠できた症例も経験しています。本当に悩ましいと思います。


folliclesinCOH.jpg

上の写真は、HMGという注射の排卵誘発剤を使って育てたたくさんの卵胞を超音波で映したものです。ひとつひとつの袋が卵胞で、中に卵子が1個ずつ入っています。成熟した卵胞は、巨峰くらいの大きさになりますが、卵子の直径は10分の1mmくらいしかなく、超音波診断装置の解像度以下のため見えません。中には、経年変化で卵子が変性して空っぽの卵胞も存在します。いろいろな理由で、あえてこのように強力な排卵誘発をおこなうこともたまにありますが、最近の体外受精では、安全第一、地球に優しく人に優しくがモットーで、clomiphene という内服薬を用いて、mild に排卵誘発をおこなうことが主流となりました。どちらの方が良好卵子が採取できるのか、いろいろな意見がありますが、決着はついていないようです。でも、safe & easy に妊娠できれば最高ですよね。
oocyte.JPG

体外受精のために採取されたヒトのたまご(卵子)です。直径は、0.1mm程度しかありません。体外受精の世界に入って18年間、殆ど毎日卵子を見てきました。金沢たまごクリニックの再スタートに際して、今一度気持ちを新たに、たまごを大切に育てていきたいと思っています。


カテゴリー
アーカイブ